造形作家の友永詔三(あきみつ)さんが、かつて手がけたNHK連続人形劇「プリンプリン物語」の制作裏話や仏像などの創作活動について語る講演会が6月25日、福生の「幸楽園」(福生市熊川)で開催された。主催は青梅法人会の内部組織「青梅優法会」。総勢500体以上のパペットを生み出した制作舞台裏と、現在の仏像造りに至るまでの創作の軌跡に会員らが熱心に耳を傾けた。
1979(昭和54)年~1982(昭和57)年にNHK総合テレビで放送され、社会現象を巻き起こした人形劇「プリンプリン物語」。その全ての人形美術を手がけたのが友永さんだった。
「プリンプリン物語」は、主人公のプリンプリンが仲間と共にまだ見ぬ故郷を探すミュージカル仕立ての冒険譚(たん)。友永さんは当時、新進気鋭の人形作家として抜てきされ、主役から脇役、さらには群衆に至るまで全キャラクターの考案と制作を一身に担った。
「週5日放送の長丁場。台本が上がると同時に、新しい人形をすぐに作らなければならなかった」と友永さんは当時を振り返る。常に時間に追われ、徹夜が続く過酷な現場だった。しかし、ただ数をこなすのではなく、カメラの動きや照明の当たり方までを計算し、見えない所でも手を抜かず、木のぬくもりを生かした独自の造形を追い求めたという。
当時は「ただただ忙しかったが、楽しかった」と振り返り、「一生懸命に取り組んだことがNHKのもう一度見たい番組の1位につながったのかもしれない」とした。
現在の創作活動は、木彫の仏像や、独自の美を体現し続ける「聖少女像」の制作に向き合う日々。マレーシアの寺院から依頼された阿弥陀如来像はサクラの木で制作した。雲の台を含めた全長は2.5メートル。雲の上に蓮華座、その上に右足を斜め前に踏み出し、わずかに腰を落とした阿弥陀如来像で、光背にハスのつぼみを9つ配した。ひだのない滑らかな衣、故郷の高知・四万十川で取れた水晶を削って入れた眉間の白毫(びゃくごう)など従来の仏像の形式にとらわれず自由な発想で作ったという。
友永さんは「自然との共生」を創作の理念に据える。「役目を終えて劣化し、朽ち果てたときに、そのまま自然界へと還(かえ)っていく素材だけで作品を創造すること」と話した。「自然が先生。自然からインスピレーションを受けて創作する。自由な発想で作るのが好き。80歳を過ぎて少女像を創作している。来年も都内で個展を開催する」と友永さん。穏やかな語り口の中に、今もなお衰えぬ表現への情熱があふれていた。
講演を終え、小澤順一郎会長は「有名な放送人形劇の作者が身近に住んでいたことに驚き、人形創作の舞台裏の話を興味深く聞かせてもらった。ますますの活躍を」と感謝した。